Vol.14【暮らし編5】祈りと遊び心が響き合う場所。明日香村・壺阪寺で出会った「巨大な微笑み」と「春の気配」

こころの日記

ずっと事務の受付業務をしてきた私が、新しく「言葉を綴る楽しさ」を見つけて始めたこのブログ。

日々の暮らしに咲く小さな幸せを綴っている。

今回は、3月の初めに少し足を伸ばし、

春の気配を探しに奈良・明日香村へ行ってきた時の記録を記したい。

訪れたのは、山深い場所に佇む歴史ある寺、「壺阪寺(つぼさかでら)」

カレンダーが3月の終わりを告げようとしている今、

あの静かな時間を改めて振り返ってみる。

🚙訪れる前に知っておきたい「リアルな事情」

明日香村の細い山道を登っていくと辿り着く壺阪寺。

ここで少しだけ、これから行く人のためのアドバイスを記しておこうと思う。

駐車場は2箇所。坂の下にある駐車場と、坂を登り切った入口のすぐ目の前にある駐車場だ。

どちらも料金は600円、拝観料は800円。

他のお寺に比べると少し高めの設定かな?というのが正直な感想だ。

けれど、これから迎える桜の季節は、

もしかしたら駐車場代などの変動があるかもしれない。

お寺までは一本の長い道が続くため、かなりの渋滞も予想される。

時期によっては交通規制が行われる可能性もあるので、

お出かけ前には公式情報のチェックを忘れないようにしたい。

門をくぐった先に待っている光景を目にすれば、道中の苦労もきっと納得できるはずだ。

🌿 時が止まったような、重厚な空気

門をくぐり、目の前の斜面に佇むお寺を見上げたとき、ある種の感動を覚えた。

そこには決して豪華さや派手さはない、古びた清楚な佇まいがある。

けれど、長い年月をかけてずっしりとこの地に根を下ろしたような、圧倒的な存在感があった。

言葉では言い表せないほどの重厚な空気。

境内の敷地も、すべてが完璧に整地されているわけではない。

その未完成で「ありのまま」の静寂こそが、この場所が守ってきた潔さなのだと感じた。

そんな飾らない空気の中に身を置いていると、

日々の忙しさで強張っていた心が、少しずつ解けていくような気がする。

🌸 静寂の中に現れた、鮮やかな雛曼荼羅

そんな歴史の重みを感じながら進んだ先に、驚きの光景が待っていた。

建物の中に入り、靴を脱いで上がったその先に広がっていたのは、

何千体もの雛人形が並ぶ「雛曼荼羅(ひなまんだら)」。

古びたお寺の風情と、お部屋いっぱいに飾られた色鮮やかなお雛様たちの対比は、まさに圧巻。

そして、この時はまだ記憶に新しかった「冬季オリンピック」にちなんだ遊び心も散りばめられていた。

お雛様がスキージャンプをしていたり、フィギュアスケートの「りくりゅうペア」の見事なリフトを披露していたり……

さらにはカーリングに励むお雛様たちの特設コーナー。

伝統の中に息づく、あの冬の幸せな熱気。

3月3日を過ぎ、春本番を迎えようとしている今思い出しても、

心がパッと明るい気分になる。

🕉️ 大空の下で微笑む、天竺の奇跡

壺阪寺はインド(天竺)と深い繋がりがあるそうで、

境内には天竺の石で作られた立派な石像がいくつか並んでいる。

中でも目を奪われたのが、高さ20メートルの「大観音石像」だ。

全ての物を優しく見下ろし、包み込んでくれるようなその眼差し。

見上げていると、あまりの大きさに自分の存在がとても小さく感じられるほどだった。

その圧倒的な慈愛に、心まで包み込まれるような感覚に陥る。

そして、その先で出会ったのが、全長8メートルの「涅槃像(ねはんぞう)」。

すべてを成し遂げた後のような、穏やかで優しい微笑みを浮かべて、

果てしない大空の下で横たわっている。

その穏やかな横顔を眺めていると、

果てしない時の中でどれほどのことを成し遂げ、移りゆくこの世をどのように見つめてきたのだろうと、

しばらく時を忘れて想いを馳せた。

✨ 歴史を照らす光と、春への願い

本堂を囲む外廊下には、歴史を感じさせる青銅の「吊り灯籠」が並んでいる。

その深い色合いと、突き抜けるような青空、

さらに広がる山並みのコントラストは、

この場所が紡いできた長い時間を物語っているようだった。

訪れた時はまだ冬の装いだったが、ここには驚くほどたくさんの桜の木がある。

「春になれば、石像たちが満開の桜に包まれるのだそうだ」 そんな話を聞きながら、

新しい季節への希望を強く感じた。

4月になれば、この場所も鮮やかなピンク色に染まるだろう。

日々の暮らしの中で、現実の厳しさにふと立ち止まってしまうことがあっても、

美しい景色や、遊び心たっぷりのお雛様たちに元気をもらって、

「よし、また明日から頑張ろう!」と心に新しい明かりが灯ったような気がする。

3月の終わりに、そんな清々しい決意を新たにした。

壺阪寺で過ごした、心洗われるひととき。

またいつか、季節を変えてこの場所を訪れる日を楽しみにしながら、家路についた。

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